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◯僕は、より広い世界全体のために貢献しようとする高い志を持った人、人を笑顔にする人や人の心を癒やす人たちの支えとなって、共に成長していくことを人生のテーマとする人間です。

◯僕は好奇心の塊でありすぐれた学習者です。常に自分の周囲の世界で起こることを注意深く観察し、常に何かを学び取ろうとします。

◯僕は熟考することを好みます。手に入れた情報についてより広く、より深く、より細かく、考え、分析して、ひとつの真理に統一することで、この世界を修めようとします。

◯僕は新しいアイディアを創りだすことが大好きです。より高い視点、より広い視点から独創的で革新的なアイディアを作り出したいと常に願っていて、アイディアを量産します。

◯僕はIT、パソコン活用や仕組み化が得意です。これらの分野で人をお手伝いすることが多いですし、きっとあなたのお役にもすごく立つでしょう。

◯僕はあなたから”聴く”ことにも強い想いがあります。幸いにも素晴らしい聴き方をすると褒めてもらうことが多いです。あなたのこころを共に感じ、あなたの中に眠っているアイディアと活力が湧き上がってくるお手伝いをします。

◯まとめると、僕はワクワクするような夢をかなえるために頑張るあなたに寄り添い、支える、パソコン好きのアイディアマンです。いっしょにお志事できるご縁を楽しみにしています!

 

書いてるうちに相当長くなってきましたが
消すのももったいないので ^ ^; 、この下に

僕のプロフィールを書いておきます。

19才。限界を迎えてひきこもり

19才の秋に、僕は「社会のクズ」になりました。

自分でそう思ってました。

1999年の秋から足かけ5年以上
僕は対人恐怖症でほとんどひきこもっていました。

こういうのって原因は
これと決めつけられるものでもないですが

両親たちの事情、両親たちとの関係や育った環境や
中学・高校と、自分に全然合わない環境で
無理をしすぎて「燃え尽きた」こと

なんかが、けっこう大きかったと思います。

 

特に母親からの影響が本当に大きかったです。

僕にとっては
アダルトチルドレンとか、毒親とか
言われるような種類の親でした。

 

当時は本当に生きてるだけでつらくて
いつも自殺が頭にちらついてました。

 

まだ語る言葉のないきっかけ。決断と、自分の育て直し

でも、ひきこもりから半年ほどで
自殺の実行寸前まで
気持ちが追い詰まっていたある晩に

説明が難しい、ある奇妙な体験をしました。

いずれもっと言葉を尽くして
この体験についても
お話しできればと思っています。

 

とにかくそれ以来、
「みずから命を断つことはしない。
死ぬまで生きる」と決めました。

生きると腹が決まったので、自分が

“ドアを出て、道路の向かいの
コンビニへ
買い物に行くことすらできない”


欠陥品に育ち上がった
という事実を受け入れました。

いわば”親任せ”にしていたせいで
こんな失敗作になったわけですから
自分で自分を育て直すことにしました。

 

「”何が分からないのか”すらわからない」

 

自分を育て直すといったって
育てるための知識と経験がもう備わっていれば
僕は欠陥品のポンコツにはなっていません。

つまり、僕はどうすれば自分を育て直せるのか
「親のやってきたことが間違っていた」
以外の手がかりがない状態から
スタートするほかなかったのです。

この、自分がまるで分かっていないことを
つまり「 “何が分からないのか” すらわからない」ことを
自分で調べて、やってみて、理解して、改善する
というプロセスは本当に、本当に辛くて苦しかったです。

このときの経験は
同じようにひきこもりや対人恐怖に苦しむ人に
きっと役立つと思うので
いずれまとまった記事にしようと思っています。

そして、このときの経験があるからこそ
僕はパソコンや、ITが全然分からない人の気持ちに
自分を重ね、寄り添うことができるのだと思います。

 

社会復帰。ネットざんまいのひきこもり生活が役だった?

自分の育て直しを決めてから
5年近くもかかりましたが
僕は、暗い部屋からもう一度世の中に
出ていくことができるようになりました。

知人の紹介で、IT系の会社で
テスターのアルバイトをしたのが
社会復帰の第一歩でした。

最初は、急にまた出られなくなって
会社に迷惑をかけないかと恐るおそるでした。

でも通い続けるうちに
自分が5年かけて見つけた心身のメンテナンス方法が
十分有効なことがわかってきました。

そして、徐々に自信がつき
過剰な緊張から来る重い疲労感も薄れて
ついにはフルタイムでも働けるようになりました。

目の前のことがどうにか一段落つき
自分のために使っていいお金もできたので

僕の目線は、自然に将来へ向かいはじめました。

経歴ボロボロの自分の将来について考えたこと

先のことについて考えるといっても
せっかく合格した大学は

半年ももたずに
中退してしまっていました。

その上、中退後は社会的に
まったく活動の痕跡がない期間が
何年もあります。

要は高卒ニートです。

大学に再入学する選択肢もあるにはありましたが
「卒業したらアラサー職歴なし」という状況は
数百万の投資をするほど
自分にとって有利なものとは思えませんでした。

 

こんな自分の履歴書を出して
まともに雇ってくれる会社なんて
あるわけない、と思っていました。

せいぜいが
いつでも首を切れるアルバイト止まりで

大事な仕事は任せてもらえないし
まともに昇進もしていかない。

万が一ものすごい幸運で
こんな自分を平等に扱ってくれる
素晴らしい会社に
もぐりこめたとしても

社会に出るのが
周回遅れになってしまった自分では

雇われ人としては永久に
「まともな」社会人に
追いつくことはできないんだ
と、強く思い込んでいました。

 

10年越しの「自分との約束」。立ちはだかる絶壁

だから、10年後の35才ごろまでには
社会人としての実力をつけて
自分の名前と責任で
直接に社会に価値を問うことができる
起業、自営をしようと決めていました。

でもそれは当時の僕にとって
「いつか、遠い将来」に近い感覚でした。

自分のこころと対人関係の問題が
そんな目標の実現の障害として
潰されそうなほど重くのしかかっていました。

 

今できることは勉強。無理そうなことは後回し!

 

それでも、そのときにできる
ベストを尽くすしかありません。

営業の勉強は今は 絶 対 に無理だ
(そもそも勉強だけで

どうにかなるものでもない)
と思っていたので後回しにしました。

そして、独立して自分の力で
社会と渡り合っていくためには

必須の知識だと考えた
“金勘定”と”法律”の勉強に手をつけました。

当時流行っていた
勝間和代さんの本に影響されたこともあり

元々けっこう得意で使っていたITと英語も
いくらか時間を割いて勉強しました。

あのころ、自分に欠けていた
まともな学歴、職歴と
実務経験を埋め合わせるために

資格取得などを目標にして
せっせと勉強してきたことは
今にとても生きていると思います。

 

仕事も学び。経験を求めた職探しと嬉しかった正規採用

仕事も経験を積むという学びのためでしたので
欲しい
経験を積めるものにこだわりました。

当時調べたところ
経理は経験年数がものを言う職種のようでした。

僕が仕事を探しはじめたときは
経理未経験で採用してもらう可能性が
あるかどうかの
ギリギリの年齢らしく思われました。

なので、まずは経理の仕事を探しました。

そして、振り返ると本当に
運が良かったと思うのですが

そのとき自分が住んでいた地域で
不動産経理の仕事と
税務関連団体の職員の職につけました。

団体職員は、適性がなくて
1年で合意退職にはなりましたが
正規職員採用をしてもらえました。

引きこもりで経歴ボロボロの自分が
正規職員にしてもらえたこと、つまり
それだけ期待されたということが

本当に嬉しかったです。

 

充実していた準備期間、震災、新しい出会い

団体の退職からおよそ1年ほど
職探しや、勉強や、
職業訓練校通いで
時間を過ごしました。

丁度職業訓練が終わった頃に起きた
東日本大震災と原発事故も

僕のその後に影響がありました。

といっても、何か直接的な
被害を受けたわけではありません。

よわっちくて情けない話しですが

未曾有の震災、津波の映像や
起こるべくして起きた原発事故と
その後の対応、世の中の動きを見て

僕のこころの中でなにかが
ポッキリ折れてしまったんです。

でも震災後に
自分の行く先ことを思い悩んで
ネットで今までとは違う切り口の
助けになる情報を得ようともがいたことが

素晴らしい先生がたとの
出会いのきっかけにもなりました。

佐藤しょうおん先生と
小川慶一先生のお二人です。

お二人は、僕のそれまでの
思い込みからかけ離れた
ずば抜けた出世の経歴をお持ちでした。

お二人に会ったことで
僕は「雇われ人としての自分にも
十分に可能性があるんだ」
と信じることができました。

この1年ほどでした経験や縁あった人たちも
僕の新しい世界を広げてくれたのでした。

 

縁に導かれて東京から静岡へ。業務の自動化、効率化と多様な業務の経験

震災後、家の事情もあって
僕は静岡に引っ越しました。

小川慶一先生に教えていただいた
事務職向けのエクセルマクロ(VBA)
のスキルのおかげで

僕は仕事探しでも自信満々になっていました。

 

静岡でご縁のあった会社は
以前エクセルマクロを使う人がいて
マクロを受け入れる
素地がある所だったので

思う存分、自分の新しいスキルを
振るうことができました。

会社の全体を見ていく部署で
経理・法務やIT関係のほかに
貿易英語やISO9001(品質マネジメントシステム)など
さまざまなことに関わらせてもらい

従業員として充実した日々でした。

 

それでも消えない、消えるわけがない心の奥の”核廃棄物”

でも、根本の問題は
ずっと引きずったままでした。

ひきこもりの時に気づいてしまった
自分の奥深くに封じ込められた
おそろしい、ドス黒い憤怒という感情は
少しも薄まる気配がありませんでした。

忙しく充実した仕事の合間に
心理学系のセミナーに出るなど
問題解決に向けての
努力はしているつもりでした。

でも、どうにもなりそうもありません。

その感情に向かい合った瞬間に
膨大な感情に飲み込まれてしまって

自分とその周囲のものを
手当たり次第滅ぼしてしまいかねない。

そんな危険な感情を抑え込むためだけに
当時も毎日、精神力の大部分を
消耗していると感じていました。

「この核廃棄物のような危険な感情には
暴発を確実に防止する準備ができるまで
絶 対 に 、触れてはならない」

それは当時の僕の中で
強烈な恐れをともなった
強い禁忌となっていました。

僕は人知れず途方に暮れていました。

一番どうにかしたいことを
どうすることもできないまま


なんとか社会復帰を果たして
8年ほどが経ち

静岡に越してきて
2度目の冬が来ました。

 

2012年の年末から。ひらけた新しい世界への道

 

そしてその冬。


僕は奇跡に出逢いました。

「10日間セミナー」という奇跡に。

 

この奇跡への縁をつないでくださったのは
佐藤しょうおん先生でした。

 

「10日間セミナー」は
伊勢隆一郎さん、岸本亜泉さんが

不思議な出逢いをしたことではじまった
一大プロジェクトの最初の一歩でした。

 

伊勢隆一郎さんは

わずか12時間に、1商品で
5億4690万円分の参加申し込み(≒売上)

を獲得した実績のある
ネットビジネスの第一人者です。

このごろ一部の業界で
一般的な言葉になってきた

「(ネット)プロモーション」というものを
日本で初めて本格的に活用して
成功させたのは

この伊勢さんだと言われています。

一方の岸本亜泉さんは
当時「しゃべる遊書家」を肩書きにして
講座や講演会、作品販売をされていた
書家さんでした。

書家といっても
ただの書家ではありません。

岸本さんは過去に

9歳で母親の自殺未遂現場を発見したり

10歳のときに
父親が愛人との間に作った隠し子を

自分が見つけてしまったり

どうやらほかにもてんこもりの
壮絶な体験をされたせいで

人間不信、無価値感、摂食障害、自殺未遂
などに苦しみつづける
「最悪」の人生を送っていました。

こんな人生で終わりたくない!
変わりたい!変わりたい!

と全力で苦しみもがいた末に
岸本さんは人生をバラ色にするための
ある秘密を発見しました。

彼女の書家活動は
その秘密を伝えることで

過去の自分と同じく
心の傷ついた人たちを癒やし

愛のあふれる世界へ
お誘いするためのものでした。

 

「お金」の世界の伊勢さん。
「愛」の世界の岸本さん。

一見、まるで住む世界の違っていた
二人が出逢い、パートナーとなったことで
無料の連続動画セミナーである
「10日間セミナー」は始まりました。

 

岸本さんの「最悪」な
人生のストーリーを知って

僕はこのセミナーに
強い興味をひかれました。

あきらかに、自分よりひどい
トラウマを抱えていて当然の

この女性が今、こんなにも
明るくあっけらかんと
壮絶な過去の話しをしている。

そして、今までよりも
もっと自分をさらけ出していくことで

さらに未知の世界に
踏み出そうとしている。

どうなっていくのだろう。

この続きを知りたい
と思いました。

 

事前予告のあった
セミナー募集開始予定の日に
準備が間に合わず

申し込みフォームのあるページへの
リンクが貼られた最初のメールは

伊勢さんの元弟子で
セールス世界記録当時の
ビジネスパートナーでもあった

村上さんという方からのメールでした。

そんな立ち上がりのヨタヨタ具合も
僕の気持ちを惹きつけました。

応援したい。

あのときすでに、僕はそんな気持ちに
なりかかっていたのかもしれません。

 

そして僕自身のこころからも

今なら、

8年の歳月を積み重ねて
精一杯の努力をしてきた今なら、

きっと自分を救うことができる。

この人たちの教えてくれることが
そのきっかけになってくれる、と

ささやきが聞こえて
きているような気がしました。

 

そういうわけで、僕は
「10日間セミナー」への
参加申し込みをしました。

 

そして心のささやき通り
「10日間セミナー」で受けた
オンライン授業が

ぼくの強烈な憤怒の問題を
完全に解決する
糸口を与えてくれました。

 

 

それがいつになるかは分からないけれど
この手がかりがあれば
いつか確実に自分の怒りを解消できる。

そんな確かな手応えを得て
僕のこころは本当に救われました。

 

(僕を救ってくれた
10日間セミナーの授業内容についても
いずれ僕なりにまとめて
ご紹介したいと思っています。)

 

感謝の気持ちでいっぱいになった僕は
すぐにも岸本さんと伊勢さんに
直接会ってお礼を言いたいと思いました。

自分のこころを救ってくれた
K2プロジェクトの力になって

少しでもこの恩に報いたい、
とも思いました。

 

そしてふと
そういえば少し前に、「K2クルー」
という外部スタッフのようなメンバーを
募集していたことを思い出しました。

 

 

K2アカデミーに出会って心が救われました

K2アカデミーで今のビジネスパートナーに出会いました

たまたま身体の不調も重なり仕事をやめました

ほぼ無計画だったので金銭的に困りました

スキルのおかげでK2にパソコンサポートを委託してもらえました

自分が「何をしたいか」、「何ができるか」、「何を喜ばれるか」で悩みました

自分のスキルなら効率よく、少なくとも小金にできるとわかっていることには全然意欲がわかず、動けませんでした

でもなぜか誰かを助け、支えるためなら身体が動きました

そんなある日、ビジネスパートナーの付き添いでマサ遠藤さんに出会いました

彼の仕事を見て、できることをしながらやりたいこともできるんだ!と得心させてもらえました

そのマサ遠藤さんもお手伝いできることになりました

自分にとっては「育てる」ことがテーマで、力になるのだとわかってきました

おかげで今、あなたの心に寄り添い、癒やし、成長させるパソコンサポートを提供しています。

 

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